秩父夜祭4
あちこちに気を取られながらも、秩父神社へお参りです。
駅から秩父神社までは通常ならば15分ほどでしょうか?

ものすごい人出ですが、驚くべきは、屋台の数。
そうです、曳山が何基も同時に街中を練り歩く秩父夜祭は、祭事の場所が広域なのです。
その広域な場所に隈なく屋台が続いている光景は、まるで、関東中の屋台が全て集まったかのようで圧巻。
角を曲がっても曲がっても、屋台が出てくる出てくる。
Tさんにその感想を述べると、12月3日の秩父夜祭を皮切りに、荒川を下っていくように浅草寺の羽子板市まで、屋台の人達が移動するのだとか。

秩父神社へと到着。


正直、申し訳ないのですが、こんな立派な神社だとは思っておりませんでした。

なんと言っても山の中にある神社ですから、ごくごく素朴な小さなお社があるくらいに思っていたのです。

ところが、なんと立派なことか!
本殿には左甚五郎の作なる彫刻もあり、境内を散策するだけでも楽しい。

ヒョウみたいな虎に。

夜な夜な逃げ出すと言われて、鎖で繋いである青龍。

お見逸れいたしました!


いつもご来場ありがとうございます。
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駅から秩父神社までは通常ならば15分ほどでしょうか?

ものすごい人出ですが、驚くべきは、屋台の数。
そうです、曳山が何基も同時に街中を練り歩く秩父夜祭は、祭事の場所が広域なのです。
その広域な場所に隈なく屋台が続いている光景は、まるで、関東中の屋台が全て集まったかのようで圧巻。
角を曲がっても曲がっても、屋台が出てくる出てくる。
Tさんにその感想を述べると、12月3日の秩父夜祭を皮切りに、荒川を下っていくように浅草寺の羽子板市まで、屋台の人達が移動するのだとか。

秩父神社へと到着。


正直、申し訳ないのですが、こんな立派な神社だとは思っておりませんでした。

なんと言っても山の中にある神社ですから、ごくごく素朴な小さなお社があるくらいに思っていたのです。

ところが、なんと立派なことか!
本殿には左甚五郎の作なる彫刻もあり、境内を散策するだけでも楽しい。

ヒョウみたいな虎に。

夜な夜な逃げ出すと言われて、鎖で繋いである青龍。

お見逸れいたしました!


いつもご来場ありがとうございます。
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コメント
「銘仙」についての補足
追加
捺染の型紙は、今作られてるのはほとんどがシルクスクリーンです。
昔は渋紙に手で彫っていました。
友人はその講座を受けていたのです。
詳細はこちらをどうぞ。
http://plaza.rakuten.co.jp/tumugiroom/26002
http://plaza.rakuten.co.jp/tumugiroom/26003
昔は渋紙に手で彫っていました。
友人はその講座を受けていたのです。
詳細はこちらをどうぞ。
http://plaza.rakuten.co.jp/tumugiroom/26002
http://plaza.rakuten.co.jp/tumugiroom/26003
登夢さま
解説をどうもありがとうございます!
写真を見ると、文章で読んでもピンとこないところが良くわかりますね!
いやはや、たいへんな手間ひまがかかっているんですねー。興味深いです。
昭和になって銘仙が大ヒットした理由は
・裏表同じように使える(←実はこの原理がよくわからないですが笑)
・軽くて丈夫で着心地がいい
・柄が大胆で華やか
という点なんですね。
「柄が大胆になっていった」経緯は、この「縦糸だけを先に染めて」「縦糸を解しながら織る」という技法に関係があるのでしょうか?
あるいは、技法とは関係なく、時代の流れで柄が華やかになっていったのでしょうか。
ほとんど素人の私の印象では、銘仙は、柄のエッジのところがジワっと滲んだようになっているのが特徴のような気がします。
(合っているのかどうか、よくからないんですけど)
これは解し絣の「織り」の行程の特徴なのかな、と想像していたんですが、登夢さんの型紙では、柄に最初からギザギザ(ジワっと滲んだような)が入っていますね。
染めの段階で、ジワっとした感じになるのかしら。
やっぱり、頭だけで理解するのは難しいですねえ(笑)
柄の大胆さ→昭和の銘仙大ヒット。
和装から洋装に変化するこの時代に、もしかしたら、版(型紙)にも変化が無かったのだろうかと想像してみたりします。
人気が出るにつけて、大量に生産しなくてはならなかったでしょうから、何かしら柄の大胆さを助長するような技法の変化があったんじゃないかな、と。
キモノにはそんなに反応しない私なんですが、技法にはたいへん興味があります(笑)
今度は、ぜひとも第2土曜日にちちぶ銘仙館に行ってみたいと思いますよ!
登夢さんもお友達の方も、新しい銘仙作りを頑張ってください!
写真を見ると、文章で読んでもピンとこないところが良くわかりますね!
いやはや、たいへんな手間ひまがかかっているんですねー。興味深いです。
昭和になって銘仙が大ヒットした理由は
・裏表同じように使える(←実はこの原理がよくわからないですが笑)
・軽くて丈夫で着心地がいい
・柄が大胆で華やか
という点なんですね。
「柄が大胆になっていった」経緯は、この「縦糸だけを先に染めて」「縦糸を解しながら織る」という技法に関係があるのでしょうか?
あるいは、技法とは関係なく、時代の流れで柄が華やかになっていったのでしょうか。
ほとんど素人の私の印象では、銘仙は、柄のエッジのところがジワっと滲んだようになっているのが特徴のような気がします。
(合っているのかどうか、よくからないんですけど)
これは解し絣の「織り」の行程の特徴なのかな、と想像していたんですが、登夢さんの型紙では、柄に最初からギザギザ(ジワっと滲んだような)が入っていますね。
染めの段階で、ジワっとした感じになるのかしら。
やっぱり、頭だけで理解するのは難しいですねえ(笑)
柄の大胆さ→昭和の銘仙大ヒット。
和装から洋装に変化するこの時代に、もしかしたら、版(型紙)にも変化が無かったのだろうかと想像してみたりします。
人気が出るにつけて、大量に生産しなくてはならなかったでしょうから、何かしら柄の大胆さを助長するような技法の変化があったんじゃないかな、と。
キモノにはそんなに反応しない私なんですが、技法にはたいへん興味があります(笑)
今度は、ぜひとも第2土曜日にちちぶ銘仙館に行ってみたいと思いますよ!
登夢さんもお友達の方も、新しい銘仙作りを頑張ってください!
銘仙ヒットの理由
「裏表同じに使える」のは「糸に直接柄を染める」からです。
ぜひ、銘仙館に行かれたら、売店で飾られてる銘仙の反物の裏を見てみてください。
ギザギザを入れなくてもにじんだ感じにはなりますが、入れた方が「絣」らしくなる、ということだと思います。
ぜひぜひ、第二土曜に銘仙館に行って、「本当のプロ」の職人さんに詳しい説明をお聞きになってください。(職人さん、喜びます!)
大ヒットした最大の理由は、「安い値段でモダンでお洒落な色柄のものが買えた」からだと思います。
江戸時代までは身分階級によって、色柄もきちんと決められていて、庶民は派手な色柄を身につけることは許されず、明治になって洋装文化の影響を取り入れた着物が作られるようになっても、庶民には高嶺の花でした。
それが「模様銘仙」の登場によって、一気に庶民の手に届くものになったからだと思います。
今の「アンティーク着物」本などに載ってる着物はほとんど「模様銘仙」です。
そのコーディネートの本は沢山出てますが、きちんとした技法や模様の違いの説明などほとんどは見たことがありません。
「技法」にこだわる同士(笑い)として、今後もよろしくお願いします。
ぜひ、銘仙館に行かれたら、売店で飾られてる銘仙の反物の裏を見てみてください。
ギザギザを入れなくてもにじんだ感じにはなりますが、入れた方が「絣」らしくなる、ということだと思います。
ぜひぜひ、第二土曜に銘仙館に行って、「本当のプロ」の職人さんに詳しい説明をお聞きになってください。(職人さん、喜びます!)
大ヒットした最大の理由は、「安い値段でモダンでお洒落な色柄のものが買えた」からだと思います。
江戸時代までは身分階級によって、色柄もきちんと決められていて、庶民は派手な色柄を身につけることは許されず、明治になって洋装文化の影響を取り入れた着物が作られるようになっても、庶民には高嶺の花でした。
それが「模様銘仙」の登場によって、一気に庶民の手に届くものになったからだと思います。
今の「アンティーク着物」本などに載ってる着物はほとんど「模様銘仙」です。
そのコーディネートの本は沢山出てますが、きちんとした技法や模様の違いの説明などほとんどは見たことがありません。
「技法」にこだわる同士(笑い)として、今後もよろしくお願いします。
登夢さま
そうですね、やはり実際に見学するのが良いですよね!
染めとか織りとか、単純に仕切って見てはいけないんだなあと思いました。
私は学生時代にシルクスクリーンをちょっとかじっていたので、中途半端にイメージが湧くので、そこがいけないのかも(笑)
銘仙が人気が出た理由は、時代背景が大きいんですね。
おそらく、私の祖母なんかも着てたんじゃないかと思います。
祖母(母方のほう。そこそこお嬢さまだったらしい)の好みは、舶来のキャンディのような可愛らしい色や柄のものだったようです。
軍国色に染まりつつある日本で、そこそこのお嬢さまとしては、大胆で華やかな異国風の模様に心をときめかせたのではないでしょうか。
そんなふうに考えると、キモノの衰勢もいろいろ考えさせられるものがありますねえ。
敗戦とともに和装も衰退しましたが、とみに不景気な今日この頃ですから、日本女性はまた可愛い色柄に心ときめかす必要があるかもしれません。
登夢さん、ぜひとも頑張ってくださいね!
染めとか織りとか、単純に仕切って見てはいけないんだなあと思いました。
私は学生時代にシルクスクリーンをちょっとかじっていたので、中途半端にイメージが湧くので、そこがいけないのかも(笑)
銘仙が人気が出た理由は、時代背景が大きいんですね。
おそらく、私の祖母なんかも着てたんじゃないかと思います。
祖母(母方のほう。そこそこお嬢さまだったらしい)の好みは、舶来のキャンディのような可愛らしい色や柄のものだったようです。
軍国色に染まりつつある日本で、そこそこのお嬢さまとしては、大胆で華やかな異国風の模様に心をときめかせたのではないでしょうか。
そんなふうに考えると、キモノの衰勢もいろいろ考えさせられるものがありますねえ。
敗戦とともに和装も衰退しましたが、とみに不景気な今日この頃ですから、日本女性はまた可愛い色柄に心ときめかす必要があるかもしれません。
登夢さん、ぜひとも頑張ってくださいね!
登夢さま
はじめまして、ひよさです。
たくさんのコメントと解説をありがとうございました。
登夢さんのブログに書かれている、銘仙の産地ごとの特徴、大変興味深く読ませて頂いております。
自分の手持ちのものを照らし合わせてみたいと思いますが、登夢さんに鑑定して頂くのも面白いかもしれませんね。笑
1枚は、登夢さんの言われる玉虫色かと思います。
秩父神社の『前向きなサル』も拝見しましたよ♪
たくさんのコメントと解説をありがとうございました。
登夢さんのブログに書かれている、銘仙の産地ごとの特徴、大変興味深く読ませて頂いております。
自分の手持ちのものを照らし合わせてみたいと思いますが、登夢さんに鑑定して頂くのも面白いかもしれませんね。笑
1枚は、登夢さんの言われる玉虫色かと思います。
秩父神社の『前向きなサル』も拝見しましたよ♪
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「ほぐし絣」の作り方、ってちょっと文章を読んだくらいじゃわかんない、と思いますよ〜
(私だって、実際、その場で見てみてはじめてわかりました。(^^ゞ)
ちょうど友人が自分で織るために、縦糸に捺染したきた様子をアップしていますので、こちらをご参考にしてください。
http://plaza.rakuten.co.jp/tumugiroom/34000
仮織りの糸の感じはこちらの方がわかりやすいと思います。
http://plaza.rakuten.co.jp/100seihou/diary/200812030000/
仮糸は織る時にはずしながら(ほぐしながら)織るので「ほぐし絣」と言います。
今度、友人が織りはじめたら、その様子も動画で撮って見てもらえるようにしたいと思いますので、どうぞお楽しみに!
それから、ちちぶ銘仙館へ行くなら第2土曜日がオススメ!です。
この日は、月に1回、銘仙を作る全行程がご覧になれます。(^^)v
銘仙が大流行した理由はこちらをご覧ください。
http://plaza.rakuten.co.jp/100seihou/diary/200812090000/
http://plaza.rakuten.co.jp/100seihou/diary/200812150000/
それから、秩父神社には「見て」「聞いて」「話そう」という、とても前向きなサルがいるのですが、気づかれました?