帝国ホテルパークサイドダイナー

小出ナオキ展に行った帰りに、帝国ホテルにパンケーキを食べに行って来ました。
仕事でお世話になっている編集さんからのお勧めです。
以前は「ユリーカ」という有名なお店だったようですが、昨年の改装で「パークサイドダイナー」というカジュアルなお店に変身していました。古いホテルの内装や白いテーブルクロスがなくなっていたのは、ちょっと残念でしたが、伝統のパンケーキは健在でした!
私がオーダーしたのは、お店一押しの『バターミルクパンケーキいちご添え』
ホイップバターとメープルシロップをかけて頂きます。バターの塩気がなんとも美味い!

一方うにさは『シナモンパンケーキのりんご添え』うむ、シナモンたっぷりで、生クリームがとってもフレッシュ!

もちろん取替えっこして、半分づつ堪能しました。ちょっと幸せなひと時。


パンケーキはいいね~。パンケーキはいいよね~。
ところで、この日のしつらえは、現代美術の展覧会ということで、POPな雰囲気の銘仙でした。古着で¥1000也。

ポイントは、この帯締。ちょっと錦蛇みたいでお気に入りです。


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小出ナオキ展へ

先日、友人の小出ナオキ氏の展覧会に行って来ました。
期待のアーティスト(なんだか書いてる私が照れるなぁ・・・)ですので、現代美術に興味のない方も、是非この機会に名前なりとも覚えてやって下さいませ。会期終了間近ですが、お近くの方は是非足をお運び下さい。気に入ったら、作品もお買い上げ下さい!(笑)
会場はこちら↓プレスリリース、作家略歴などの情報も見られます。
小出ナオキ 展 "In These Days"
2008年1月12日(土)~ 2月2日(土)
TOMIO KOYAMA GALLERY
〒135-0024 東京都江東区清澄1-3-2-7F Tel:03-3642-4090 Fax:03-3642-4091
http://www.tomiokoyamagallery.com/

この↑所ジョージ似の男性が、作家本人です。怖くないので、是非声を掛けてみましょう。その際は「キモノは別腹を見て来ました!」と言ってみましょう。スマイルのサービスくらいはしてもらえるかもしれません(嘘嘘・・・)
とりあえず、私も作品とツーショット。

しかし、展覧会のオープニングには、夫妻でキモノで登場していたと聞き、恰好のブログネタを逃したと、ホゾを噛んでいる私です。小出様、奥様のお許しが出たならば、写真提供して下さい!(笑)
夫婦でキモノが着れるなんて、楽しいなぁ・・・。
小出夫人!近々着付けを習い始める野望をお持ちと聞きました。一緒にお出かけ出来る日を、こころ待ちにしています。

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ふたりでキモノ6


ところで、新年会の会場は市ヶ谷駅の近くです。開場前に、ちょっと寄道をして、『さかぐち』さんでアラレを買うのが、恒例のお楽しみになっています。『一口あられ』がお気に入りですが、実はこのお店、もうひとつお楽しみがあるのです。それがこのマッチ。










季節ごとに出されるマッチなのですが、鳥居敬一さんのイラスト入りで、とってもかわいいのです。こういうものがついつい増えて、我家の荷物は雪だるま式に増えていきます。涙
しかし・・・このこけしは、私に似ている・・・


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ふたりでキモノ5

新年会の装いを紹介したついでに・・・普段は見せない長襦袢もご紹介。この長襦袢は2枚とも、みささん(うにさのお婆様)の長襦袢です。


いつもは私も長襦袢まではお借りしないのですが、今回のおキモノは予想以上に袖が長く、自前のものでは対応出来なかったので、キモノと共に誂えてあったモスリンの長襦袢を拝借しました。(写真右)
うにさが着ているのは、ぽってりと重みのある正絹の長襦袢です。(写真左)
いつも思うのですが、長襦袢のかわいいものは、外で見せて歩けないのが、何だか惜しいような気がします。
一度くらい、長襦袢で外を走ってみたいものですが、頭がおかしくなったと思われること請け合いなので、親兄弟に迷惑が掛からなくなってから考えてみることにします。苦笑

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ふたりでキモノ4

道中は寒いので、羽織とショールと長手袋を着用です。この羽織は古着屋さんで買ったものですが、南天と梅の柄が、新春らしくて気に入っています。

ところで、私は身長はあまり高くないので、古着でも丈で困ることはあまりないのですが、手だけが何故かニョキニョキと長いため、キモノのサイズで一番頭を悩ませるのは、裄の問題です。今どきのプレタのキモノだと、丈はS寸でも大丈夫なのに、裄はLかLLサイズが欲しいという困ったことになります。
そんな困った私の長い手の、強い味方が和裁師のmisakoさんです。この古着の羽織も、misakoさに裄出しをして頂きました。misakoさんについては、また改めてお話したいと思いますが、まずは、misakoさんのブログ『着物縫製教室 製作の日々』を覗いて見てください。きっと、みなさんのお悩みにも答えて下さいますよ。

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ふたりでキモノ3

対する私。
正統派白衿好きの方からは、ブーイングが出てしまいそうなこしらえですが、たまには許して下さい。え??袖が長すぎる?それもお許しを。カジュアルなパーティーですし、新年会ですし、何十年も誰にも着られないでいた、みささんのキモノですし、たまにはにぎやかなのもいいじゃないですか!(言い訳・・・)


たくさんの刺繍が施してある、贅沢なキモノです。



肩には鳳凰も飛んでいます。


しかし、何十年も誰も袖を通していなかっただけのことはあって、着付ける時に、プチプチと不穏な音が・・・。胴裏に使われている紅絹が若干弱っているのと、縫い糸が弱っている模様。出掛けた先で、バラバラに解体か??家を出る前にひとしきり体を動かして確認しましたが、内心ずっと不安でした(汗)。解体せずに無事帰宅出来て本当によかった・・・。
このキモノに次に袖を通すのは、うにさの姪っ子ハルちゃんかもしれません(ただ今小学3年生)。ハルちゃんが着れば4世代生き抜いたキモノになります。う~ん、キモノはすごいなぁ。
そして帯は・・・お解かりですか?

はい、カクマさんに直して頂いた帯を早速お披露目です!華やかな帯ですが、地色が少し枯れたような色なのでケバケバしくなく、みささんのキモノにもぴったりです。あんなにボロボロだったのが嘘のようですね。あらためてカクマさんに感謝です!



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ふたりでキモノ2

まずは、うにさ!ジャジャ~ン。
うにさのメインは、実は羽織です。

みささんの、大胆な御所車の絵羽織です。きれいでしょう。ピンクの中にあるターコイズブルーが目に眩しいこと。残念ながら、ところどころ刺繍が取れているところもありますが、こういう昔の意匠は溜息が出ますね。
羽織を目立たせるように、キモノはシックな色無地。地紋に雲紋と流水紋が入っています。帯は亀甲のきりばめ文様の名古屋。これはどちらもともこさん(うにさのお母様)のものです。


半襟はふんわりかわいい刺繍の衿で。

うん、馬子にも衣装だ!
しかし、便利な体型だなぁ・・・。うにさの体は小さくて本当に古着向き。お直しいらずの手間いらず。なんて贅沢な体型!!うらやましいぞ!
珍しく、ちょっとはしゃいで、走ってみたりなんかもします。


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ふたりでキモノ1

さて先日、仕事の新年会がありました。
この新年会は、1年の中でも数少ない、うにさに着物を着せることの出来るチャンスの時です。大きな会場で開かれる立食のパーティーなので、ここぞとばかりに二人でキモノで繰り出します。普段なかなか「うん」とは言わないうにさも、たまのコスプレ(?)は楽しいらしく、年末あたりから、アレを着ようか?コレはどうかと少女のように心躍らせて、ふたりで準備の段階から楽しみます。今年のテーマはみささんのキモノです。以前に葡萄の帯を紹介しましたが、みささんは、御年90歳のちいさくてかわいらしい、うにさのお婆様です。大正末期から昭和のはじめ頃の、みささんがJustお嬢様時代のおキモノの登場です。

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帯修復を終えて

残念ながら、キモノは洋服と違って、結構世話が焼けます。着用前の半襟つけはもちろんのことですが、洗濯だって洋服のように、全自動でボタンひとつというわけにはいきません。ましてや古着を着るとなると、やっかいな問題は山積みです。祖母が針を持つことが出来る間は、そんなお悩みとは無縁でいられた私ですが、今や常に問題を抱えている状況です(わざわざ自分で問題を探して歩いているという話もありますが・・・苦笑)。自力で解決出来ない時は、強い味方を捜さねばなりませぬ!少しづつではありますが、このブログで、そんな私の望みを叶えて下さる、カクマさんのような、尊敬すべきキモノを支える人達を、ご紹介出来ればと思っています。快適なキモノライフの影に、強力な味方ありき!
生活している中で、しばしば、祖母が当たり前に出来ていたことが、私には出来なくて、昔の人は何でも自分で出来たのだなぁ・・・と感心させられることが多いのですが、その一方で、今や便利な世の中ですから、ちょっとしたことなら自分で簡単に何でも出来てしまうことが多いとも感じます。もちろんそれで十分なこともありますが、中にはプロフェッショナルでなければ出来ない仕事というのもあります。安さや安易さの中で、ついついそういうものを避けて通りがちですが(反省・・・)、時にはキモノを着る側が、質を上げていく姿勢を持って、プロのお仕事に頼るようなことも大切なのだと思いました。
世話が焼け、ほんの少しばかりの不便さがあるところは、キモノの魅力のひとつですからね。手を掛けたものは、愛情を持って大切にすることが出来るでしょう。

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帯修復への道4

年が明けて、先日、帯が届きました。
解いた帯は生地が予想以上に弱っていたそうで、裏側から布を補強する作業もして頂きました。希望通りに、帯の裏面は帯の図柄から選んだ色の布に張り替えられており、擦れていた帯のふちは、裏側からくるんで完璧に修繕されています。

なんてすばらしいお仕事なのでしょう!本当に頭が下がります。
紋入れの刺繍のお仕事をされている刺繍師さんにより、刺繍の修復も完全です。




もし自分で直していたら、こんな完璧な再生はさせられなかったと思います。

この帯が、この姿になるにあたって、閑日堂さん、カクマさん、刺繍師さん、れえすの花さんと、たくさんの方達が骨を折って下さいました。私の我がままにお付き合い頂き、本当に感謝しています。帯にも代わってお礼を申上げます。そして、これだけの人達を動かすことの出来た帯に、力があるのだとしみじみ感じました。この帯を最初に作った過去の職人さん達にも感謝です。カクマさんによると、そんな職人さん達も、後継者不足でどんどん減っているのが現状なのだそうです。だからこそ、職人さん達は横の繋がりを大切にされるのだそうです。モノも人も、きちんと繋がっているのですね・・・。


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帯修復への道3

カクマさんに、私の悩みや考えている方法などをお伝えしたところ、流石にプロです!私のつたない説明と写真だけで、すらすらと的確なアドバイスをして下さいます。そんなやりとりをしているうちに、どう考えても、自分でその場しのぎの修復をするよりも、カクマさんにお願いして次の代まで残せるような、完璧な状態に再生したいと思うようになりました。私の無理なお願いを「では、やってみますか!」と引き受けて下さることになりましたが、私の寂しい懐具合のこともあり、その範囲内で采配を振るって頂くことに。(甲斐性ナシで済みません・・・)そんな采配が出来るのもプロならではだと、感心するばかりです。そうと決まれば、善は急げとばかりに、いそいそとカクマさんのところへ帯を発送し、早くも帯再生の成功を確信して、私の心は晴れやかに。(呑気なものです・・・)
更にお話を進めて行く上で、数箇所の刺繍の傷みと、お太鼓部分の布地の傷みの修繕をいかにするかという点が問題になりました。カクマさんが、お友達の刺繍師さんに相談をして下さったところ、「古いものを大切にされる方を応援したいと」言って下さり、ダメージを受けている箇所への修繕と、どうしても隠せない擦れの箇所に新たに刺繍を施して下さることになりました。本当にありがたいことです。
ボロボロの帯は再生間近です!


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帯修復への道2

早速、帯の写真を添付して、カクマさんにご相談をしたところ、直接れえすの花さんにも、写真診断をして頂けることになりました。このれえすの花さんが、これまたすごいのです。古い刺繍を切り取って、アップリケ状にして移し、更なる刺繍を施して帯を再生されるお仕事をされています。残念ながら、私の帯に関しては、刺繍がバラバラと細かいため、アップリケ状にして再生させるには向かない、との診断でした。しかし、ここからが本当に凄いところです。アップリケは無理でも、新しくこの帯からデザインを起して、新品の帯を作ることは可能だとおっしゃるのです。正直、かなり心は揺れました。何故ならば、れえすの花さんの作品を拝見すれば、ひと目で理解して頂けると思うのですが、本当に美しいお仕事なのです。ただ、今回の私の使命(?)は、この帯自体を再生させることを目的としています。れえすの花さんのすばらしい提案に後ろ髪引かれながら、いつか、れえすの花さんの帯をワードロープに加えることを夢見て、再びカクマさんのところへ戻って、相談です。

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帯修復への道1

さて、話は帯へと移ります。届いた帯は、記憶に留めていた通り、なんともキュートなデザイン!そして、記憶の通りにかなりボロボロです。(苦笑)
え?和裁の経験ですか?いいえ。お裁縫は嫌いではないですが、和裁は高校生の時に浴衣を1枚縫ったきりです。最初は、正直、自分が締めることが出来る程度の状態に出来ればよいと考えていました。自分が纏う分には、少々の難があっても、解いて人に見せるわけじゃなし、問題なかろうと・・・。ところが、アレコレ方法を考えながら、帯を見て触って悩んでいるうちに、この帯のことがどんどん好きになっていくのです。完全復活させてやりたい!
どこかによいお手本がないかと、ネットでウロウロ情報探しをしている時に出会ったのが『帯の仕立て専門カクマ』さんでした。カクマさんは、文字通り、帯の仕立てを専門にされているプロフェッショナルの職人さんです。新品のお仕立てはもちろんのことですが、古い帯をそれぞれの状態に合わせて、的確に蘇らせるすばらしいお仕事をされています。そのカクマさんのHPの中で紹介されていたれえすの花さんとの共同作業による帯の修復の記事は、私にとって、まさに目からウロコでした。これはすばらしい!!

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三重旅行の後遺症

三重から帰宅して、戦利品を眺めながらうっとりしていると、閑日堂さんで目にした最後にお別れの挨拶すらしなかった品々が、ふつふつと頭をもたげて来ました。
「帯、あの帯!!」それは、材料用に売られていた刺繍の帯です。一目見て気に入ったのですが、刺繍部分のダメージはまだしも少ないのですが、帯地自体が弱っていて、帯として結んでしまったら、崩壊してしまいそうな、何とも残念な帯でした。いい帯だったよなぁ・・・あれが材料になってしまうのか・・・刺繍はそんなに傷んでなかったよなぁ・・・これから何になるんだろ・・・ん?本当に???まだ早い!まだ帯の形でいさせてやりたい!!訳の解らない使命感のようなものに駆られて、帰宅から3日後、私は閑日堂さんに電話を掛けていました。情けない声で「どうしても、あの帯が忘れられなくて・・・」という私に、オーナーさんの「送りましょうね」の一言で、この帯は、私の処へやって来ました。
これが一度ならまだしも、やっかいなことに3ヵ月後、私の勝手な使命感と泥のような記憶から、再度私は閑日堂さんに電話をすることになります。それが、このブログを始めた頃にご紹介した、三重からの珍品の袋物です。閑日堂さん!何度もお手数をお掛けするしつこい客で、申し訳ありません。でも、大事に大事にしますね。


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三重旅行---閑日堂の巻3

一目見て、それまで見ていた帯が霞んでしまうような帯でした。
ここからが苦悩の始まりです。ど・う・し・よ・う・・・。はい、その通り!予算オーバーなのです(あくまでも私の予算ですよ・・・苦笑)しかも、頑張れば買えなくはない値段でのオーバー、一番困るパターンです。そして、まわりには他にも、たくさんの魅力的なキモノや帯がある状態。散々物色した後だったので、頭の中では「買うならアレかアレかアレか・・・」と思っていたところに、強力な対抗馬が出てきてしまったのです。まずい、まずいです!!頭の中が徐々に真っ白になっていきます。
そんな私の様子を見かねてか、オーナーさんが極上のコレクションを見せて下さることになりました。総手描きの更紗模様の帯や、これでもか!という相良刺繍、どれもこれもすごい迫力で、溜息が出ます。なんて手のかかった仕事なのでしょう!こういうものを直に触らせて頂くことが出来て、本当に感激でした。
ひとときの目の保養の後、同行の3人は、1階の陶器の方へ移動です。私はひとり2階に残って、最後の悶絶です。気に入ったものを、1枚1枚見直して、お別れを言って、清水の舞台から飛び降りることにしました。もう考えすぎて頭はふらふらですよ。実は私、陶器も好物なのですが、1階に下りても、もう陶器を見る余裕はありません。だって、そこでまた素敵なものを見つけてしまったら、永遠にお店から出ることが出来なくなってしまいそうです。既に、ともこさんやちこさんは陶器をお買い上げ済み、しかも私に帯揚げまで買って下さっています。うにさはうにさで、ショールを2枚購入。(何故かこの人、古着屋に行くとショールばかり買うのです。)



更には、私の誕生日プレゼントに、帯留まで購入しています。「もう見ない見ない・・・」と心でつぶやきながら「これを頂きます」と帯を差し出し、やっと一息。いやぁ・・・生きた心地がしませんでした(苦笑)。いったい何時間いたことでしょう。閑日堂さん、本当に長い時間お付き合い頂き、ありがとうございました。素敵すぎて、体に悪いお店です!笑
しかし、その後、更なるご迷惑をお掛けすることになるとは、この時、まだ誰も気づいてはいないのでした。
ところで・・・そんなに素敵な閑日堂さんに行ったのに、何故写真が1枚もないのか?それはズバリ、写真を撮ることを思いつきもしない程、物を見るのに没頭していたからに他ありません。(ブログ始める前でしたしね)
大丈夫!!また、絶対に訪問しますから。お小遣い貯めなくちゃ。

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三重旅行---閑日堂の巻2
実は私、訪問着に合う帯を1年以上捜し続けており、そのことをオーナーさんに伝えたところ、次々と素敵な帯が・・・しかし、帯を捜しているそのキモノ、私とうにさの間では「円月殺法---エンゲツサッポウ」と呼ばれている、やや癖のあるキモノでして・・・汗(このキモノについては、そのうちあらためて・・・)、どの帯も素敵なのに、もうひとつ決め手に欠ける気がします。その時です、オーナーさんがポンと膝をたたいて一言「あれがいいかもしれない!」走って一階から持って上がられたのは、その日の朝、市で仕入れて来られたばかりの帯でした。「これは・・・」

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三重旅行---閑日堂の巻1

写真は、伊勢の虎屋さんの『虎虎焼--ことらやき』です。かわいいでしょう♪
正月も終わたところで、話は昨年の三重旅行へと戻ります。何故ならば、昨年9月の三重旅行では、前述の臼井織布さんに加えて、もう一カ所目的とした場所があったのです。それは名張にある閑日堂さんという、骨董とキモノを扱われているお店です。以前から雑誌の紹介などで見て憧れていたお店のひとつでした。
三重県も名張は初めてで、見たことのない景色です。名張は大阪へのアクセスがよいため、大阪で仕事を持つ人達のベッドタウン的な側面もあるそうで、三重県の中では、比較的大阪よりの文化圏に入る土地なのだそうです。
ところで、三重と言えば松阪牛が有名ですが、伊賀牛というブランド牛があるのをご存知でしょうか。伊賀の忍者が干して非常食にしていたとかいないとか・・・。ここ名張ではいたるところに伊賀牛の看板が目に付きます。閑日堂さんにうかがう前に、しこたまお腹に伊賀牛を入れて、まさに別腹状態でお店へと向かったのでした。

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お正月の出来事4・・・おまけ

オクニさんのキモノを着て撮ったこの写真は、私の実家の庭で撮影したものです。
・・・で、こちらが、私が幼稚園の頃に同じ場所で撮影した写真。(私も成長してますが、庭も随分ジャングルのようになってます・・・笑)

母の実家の秋祭りに行く際に着せられたキモノです。
子供の頃のキモノの写真はほとんど残っていないのですが(撮影などしていないので・・・)、このキモノは少し特別なキモノだったので、写真に残したのだと思います。元は、母の一番下の妹ヤスエさんの七五三の時のキモノでした。その後、私のところから、年の若い従姉妹へと順送りに流れて行ったので、今どこにあるのかは定かではありませんが、どこか親戚の家で、大切にされていることと思います。生まれた時代は違っても、同じような年齢で、同じキモノを着て撮った写真が、いろいろな家にあるかもしれないと思うと、何とも愉快です。
キモノはそれ自体でも十分に美しいものですが、人が袖を通すことで、より魅力が増していくのだと思います。古着で売ってるキモノにも、来歴が付いていたりしたら、ちょっと面白いのに・・・恐ろしくて買えないキモノとかも出てきそうですけどね・・・。


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お正月の出来事3

大正の終わりか昭和の初め頃に撮影された写真で、以前から見知った写真でしたが、日本髪を結ったオクニさんが着ているのは、そうです、私が祖母の箪笥から拝借して、今まさに着ているキモノです。あまりのタイムリーさに驚愕です。
オクニさんは私が子供の頃に世話になったジジババのひとりです。その頃は隣の家に住んでいて、よく好物のサツマイモを蒸かしては、半分に折ってくれたものです。
祖母の話によると、大正の終わり頃、オクニさんは夫と一緒にハワイに渡るつもりで横浜へ向かいました。ところが、いよいよ出発という時に体調が悪くなり、結局ハワイへは夫がひとりで旅立つことに。泣く泣く病で船を見送ったつもりでしたが、なんと、なんと、ご懐妊によるツワリだったのです。そこでハワイにいる夫に成長した子供の姿を見せるために撮影したのがこの一枚。一張羅の大島紬を着て撮った写真だったというわけです。
実は前述のオトヨさんとオクニさんは、生まれた年も同じで、亡くなったのも今を去ること14年前、98歳の同じ年でした。関係性としては、小姑(オクニさん)と嫁(オトヨさん)にあたる二人ですが、私がオトヨさんのことをブログに書いたので、オクニさんも出演したくなったのかもしれません(笑)
今年のお正月は、思いがけず1枚の着物の来歴を知ることとなりました。オクニさんありがとう!キモノはめでたく私の箪笥入りとなりました!



お正月の出来事2

確か、持って帰った帯や、付けてる半襟にも合うような(正月だし手抜きもしたいしね~)大島紬が箪笥の中にあったはず・・・。前回の帰省の際に、防虫剤の交換をしたので、記憶は新しいのです。首尾よく発見!しめしめと思ったところがこのキモノ、なんだか袖が随分下の方まで身ごろに付いていて、帯をかなり下の方で結ばないと袖が帯に巻き込まれて着にくいこと極まり無いのです。
祖母に訴えたところ「昔は帯を下の方にしとったけー、袖付けが今より2寸長のよ」との返答。祖母の箪笥の中のものなのに、本人の覚えは悪く(随分なお婆さんですから・・・)「作って、着んかったんじゃろ」と言うばかり。若い頃のキモノは戦災にあって残っていませんし、晩年になって仕立てたにしては、前述のごとく袖付けが古い仕立てだし・・・元は祖母のものではないのかも?そんなことを思いながら、古いアルバムを開いて、祖母の昔話を聞いていたのですが、1枚の写真に釘付けになってしまいました。祖母の年の離れたお姉さん「オクニさん」の写真です。えっ???ん?んんん??着てる?!



お正月の出来事1

慌てて元日に帰省をしたら、下着と寝間着以外の着換えを持って帰るのを忘れてしまいました(涙)あるのは移動中に着ていた洋服か、先に送っておいた一揃いのキモノのみ・・・。
このキモノは、元は、私が中学生くらいの時に、祖母が買って来てくれた紅色の江戸小紋でしたが、長く仕立てないでいるうちに、紅いキモノが似合わない年齢になってしまったので(は~・・・年をとりました)、数年前に、思い切って色抜きをして、新しい柄に染め直して仕立てました。
気に入っているキモノですし、お正月だしボロを着ているよりもキモノで通す方がよかろうと、心は決めたものの、3日目ともなって来ると、少しばかり違うものを着たくなってきます。
しかし、送ったキモノ以外で実家に置いてある私のキモノは、訪問着が2枚と喪服のみ。母のキモノで普段に着れそうなものは、粗方頂いてしまった後ですし、そうなると、祖母の箪笥あさりしかありません。


