履物奔走劇25
私はと申しますと。
久しぶりに、みささん(うにさのお婆様)のおキモノ登場です!

夏から秋の植物が、所狭しと咲いた紫色の絽のおキモノ。
紫の中でも、鮮やかな桔梗色の様な色なのですが、写真でうまく再現出来ないのが残念です。所々に、紫とは補色関係にある彩度の高い黄色も配されております。

美しいでしょう〜・・・菖蒲・桔梗・女郎花・野菊・・・。
悲しいかな、右胸に黄色い大きなシミがあるのですが、総柄のおかげで、着ると意外に目立ちません。
身につけるものに汚れを見つけたりすると、こどもの頃祖母に、背中よりも胸の方が汚れは目立たないと言って、セーターを後前に着させられたことを思い出しますが、キモノの胸に付いたシミも、背中よりは目立たないのかもしれませんね。
自然と視線が顔に向くための錯視のようなことだと思います。

暑い日でしたが、薄く、軽く、柔らかく、肌にしっとりと馴染む、とても着心地のよいおキモノでした。

帯は、みささんのものではありませんが、キモノの柄に等しく夏から秋の植物紋。

総柄のおキモノですから、割とどんな帯でも合うとは思ったのですが、おキモノの鮮やかさを、より際立たせることを主眼にコーディネートしてみました。
しかし、絽の帯なのに、裏にしっかりした布が付いている袋帯なのでちょっと重い・・・。苦笑

このおキモノ、うにさの「浴衣!」の一言で送られて来た数枚の浴衣と共に、東京入りして参りました。(詳細は『今年初めての浴衣』をご覧下さい。)
実は、この日は別のものを着るつもりでいたのですが、あまりの美しさに、これは是非ともと拝借させて頂いた次第です。
いつものことながら、ありがとうございます。
帯留は、私の祖母の箪笥から・・・。笑

金メッキが剥げてしまい、今やただの金属の鯉ですが、古びた感じがアンティークの着物とよい相性のように思います。

いつもよりちょっとおしゃれをして、耳には黒真珠。
おキモノが綺麗なので、本日は写真多めでした。

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久しぶりに、みささん(うにさのお婆様)のおキモノ登場です!

夏から秋の植物が、所狭しと咲いた紫色の絽のおキモノ。
紫の中でも、鮮やかな桔梗色の様な色なのですが、写真でうまく再現出来ないのが残念です。所々に、紫とは補色関係にある彩度の高い黄色も配されております。

美しいでしょう〜・・・菖蒲・桔梗・女郎花・野菊・・・。
悲しいかな、右胸に黄色い大きなシミがあるのですが、総柄のおかげで、着ると意外に目立ちません。
身につけるものに汚れを見つけたりすると、こどもの頃祖母に、背中よりも胸の方が汚れは目立たないと言って、セーターを後前に着させられたことを思い出しますが、キモノの胸に付いたシミも、背中よりは目立たないのかもしれませんね。
自然と視線が顔に向くための錯視のようなことだと思います。

暑い日でしたが、薄く、軽く、柔らかく、肌にしっとりと馴染む、とても着心地のよいおキモノでした。

帯は、みささんのものではありませんが、キモノの柄に等しく夏から秋の植物紋。

総柄のおキモノですから、割とどんな帯でも合うとは思ったのですが、おキモノの鮮やかさを、より際立たせることを主眼にコーディネートしてみました。
しかし、絽の帯なのに、裏にしっかりした布が付いている袋帯なのでちょっと重い・・・。苦笑

このおキモノ、うにさの「浴衣!」の一言で送られて来た数枚の浴衣と共に、東京入りして参りました。(詳細は『今年初めての浴衣』をご覧下さい。)
実は、この日は別のものを着るつもりでいたのですが、あまりの美しさに、これは是非ともと拝借させて頂いた次第です。
いつものことながら、ありがとうございます。
帯留は、私の祖母の箪笥から・・・。笑

金メッキが剥げてしまい、今やただの金属の鯉ですが、古びた感じがアンティークの着物とよい相性のように思います。

いつもよりちょっとおしゃれをして、耳には黒真珠。
おキモノが綺麗なので、本日は写真多めでした。

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オーボンヴュータンへ行こう!その5

さて、そんな食い意地散歩のコーディネートはちょっと変わったかんじで・・・。
その名も『赤い人』です。笑
こちらのおキモノは、みささん(うにさのお婆様)のおキモノです。
袖丈が特別長くはないので、洗張りをして仕立て直されたものと思われます。
シツケが付いた状態でしたので、その後は着用されなかったのかもしれませんね。

麻の葉模様に、縞や花紋も入っていて、ちょっと凝ったデザインです。
遠めに見ると、大きい縞のキモノにも見えます。

赤と黒の組み合わせですが、赤のトーンが渋めの色なので、春先に着るには少し重たいかな?とも思ったのですが、帯と半襟にオレンジに近い朱色を入れて、少し軽くなるように着てみました。

半襟は、先日ゆうどさんで購入した水玉模様のハギレです。
(詳しくは目白散歩1・2をご覧ください。)

帯は古物ですが、黒の部分が蝶々のシルエットになっています。銀糸が入っているところは・・・やっぱり蜘蛛の巣でしょうか??苦笑
残念ながら、みささんの着姿のお写真は残っていないのですが、みささんはどんな風に着られていたのでしょうね?
みささんにがっかりされないように、着なくては・・・笑。
ありがとうございます!みささん!!いつかうにさにも着せてみせます!!

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みささんのアルバム5

京都の話しに入る前に、もうひとつだけみささんのアルバムのお話を。

共にすごした三室時代
幾重にも重なる思出
長い様で早々過ぎさった一年間
御別れの日が迫りましたが、
友情は永久(トワ)に永く永くね
社会へ進出する貴女の上に
かぎりない御幸福のあらん事
心からお祈りいたします
時々のお便り楽しみに待つ
てる子

今回のお写真のみささん(写真向かって一番右)、なんだかとても大柄に見えます。
本来スマートな方なので、不思議に思っていたのですが、写真をスキャニングして大きく引き伸ばしてみて、謎が解けました。
雪が降っているのです。

みささんの頭の上にも、お友達の頭の上にも

お友達の膝の上にも
雪が積もりかけているではないですか。
そう、このお写真、肉眼で見た時には気づきませんでしたが、とっても寒い中で撮られたお写真なのです。
奈良の冬ですから、みなさんさぞかし寒かったでしょうねぇ。
コートもナシに雪ですよ。それは着ますよね・・・下にたくさん。笑
臼井織布さんからの伊勢木綿情報。
池袋の三越への出店は
4月8日〜14日
三重県の物産展の中だそうです。
店主の臼井さんのお母様、大女将さんがお出ましになるそうです。

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みささんのアルバム4

昨日に引き続き、みささんのアルバムのお話です。
写真向かって右がみささん。左は同い年の従姉妹の『志ん子』さんです。
おふたりは大の仲良し。
尋常小学校から女学校、佐保女学院に至る間をほぼ共に歩まれました。
アルバムの中にはご一緒のお写真がたくさんあります。


なんだか、とても睦まじいですねぇ。
本は撮影用かもしれませんが、その演出がまたなにやら昔の女学生らしい・・・。
志ん子さんから、みささんに宛てられた寄書きを読んでみましょう。

みいちゃん
早や一年の年月が流れましたネ
夢の様な一年、ほんとうに楽しかったワネ
非常時寄宿舎、非常時女学院
時には思ひ出しては、話しませうネ
又一所に友を迎へませうネ
時々会う日を楽しみに
志ん子
さてさて、志ん子さんのこの文章、変体仮名としてはそれほど読みにくくはありません。
ただ、よく理解出来ない部分が・・・。
そうです『非常時寄宿舎 非常時女学院』??
その疑問にお答え下さったのは、前述のやよいさんです。
なんと、この『非常時』というのは、まさにその時代を映し出したような言葉でした。
計算してみると、この寄書きは1935年(昭和10年)前後のものです。
1931年(昭和6年)の満州事変以降、1941年(昭和16年)の太平洋戦争勃発に向けて、日本は急速な軍国主義への道を辿ります。
そんな中で、1934年(昭和9年)頃から『非常時』という言葉が頻繁に使われるようになって行ったのだそうです。
「非常時である」という言葉をもって、様々なことが自粛ムードへと追い込まれました。
かわいらしい女学生の文章の中にも、こういう言葉が入り込んでいた時代なのですね。

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みささんのアルバム3
京都旅行の記憶を熟成させている間に、前述のみささんのアルバムの話の続きをいたしましょう。
(コレまでのお話はみささんのアルバム1とみささんのアルバム2をご覧下さい。)
みささん(うにさのお婆様)のアルバムに寄せられた、昔のお嬢さん達の寄書きの解読です。
残念ながら、私の変体仮名(大和仮名)解読は、いいところまで行って暗礁に乗り上げました。面目ない・・・。
しかし、強い味方を得ることで、完読の暁に至ったのです!涙
やはり、現役で使われていた方のお知恵を拝借するのが一番!
みささんの弟さんのお嫁さんにあたる、御年82歳のやよいさんにご協力頂きました。(うにさによると「やよのおばちゃん」という発音らしいですが・・・笑)
さすが亀の甲より年の功ですなぁ。

では、本日は2つほど。
(読み易くするため、訳文は改行位置のみ原文とは異なります)

波瀾に富んだだけの思ひ出
彌深きこの一年間
これからもお便りで
交際いたしませう
では、さようなら
菊子


みいちゃん
いよいよ於別連(オワカレ)の日が参りましたね
夢の様に過ぎ去った一年
思ひ出の一年を胸に秘めつつ参りませうね
幾年春が巡れどもなつかしい学舎にて
再び話る時は・・・ないかしら?
みすこやかに御精進の程を祈って
折々みまもって居ますわ
水郷の子 芳子
さてこの2つ目の『水郷の子』とは何のことだと思われますか?
解読して下さったやよいさんによりますと、水の郷→松江市(島根県)を指すのだそうです。
そして、これを書かれた芳子さんは、同窓会名簿によりますと、間違いなく島根県松江市のご出身。こういう表現は、今は中々出来ませんねぇ。
写真1枚目は『佐保女学院』でのお写真。みささんは向かって一番左。
2枚目の写真は、猿沢の池の前ですが・・・入っちゃったんですね・・・鹿が。
中央でみささんも笑っていらっしゃいます。
鹿男あをによし・・・喋りますかね?この鹿も?

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(コレまでのお話はみささんのアルバム1とみささんのアルバム2をご覧下さい。)
みささん(うにさのお婆様)のアルバムに寄せられた、昔のお嬢さん達の寄書きの解読です。
残念ながら、私の変体仮名(大和仮名)解読は、いいところまで行って暗礁に乗り上げました。面目ない・・・。
しかし、強い味方を得ることで、完読の暁に至ったのです!涙
やはり、現役で使われていた方のお知恵を拝借するのが一番!
みささんの弟さんのお嫁さんにあたる、御年82歳のやよいさんにご協力頂きました。(うにさによると「やよのおばちゃん」という発音らしいですが・・・笑)
さすが亀の甲より年の功ですなぁ。

では、本日は2つほど。
(読み易くするため、訳文は改行位置のみ原文とは異なります)

波瀾に富んだだけの思ひ出
彌深きこの一年間
これからもお便りで
交際いたしませう
では、さようなら
菊子


みいちゃん
いよいよ於別連(オワカレ)の日が参りましたね
夢の様に過ぎ去った一年
思ひ出の一年を胸に秘めつつ参りませうね
幾年春が巡れどもなつかしい学舎にて
再び話る時は・・・ないかしら?
みすこやかに御精進の程を祈って
折々みまもって居ますわ
水郷の子 芳子
さてこの2つ目の『水郷の子』とは何のことだと思われますか?
解読して下さったやよいさんによりますと、水の郷→松江市(島根県)を指すのだそうです。
そして、これを書かれた芳子さんは、同窓会名簿によりますと、間違いなく島根県松江市のご出身。こういう表現は、今は中々出来ませんねぇ。
写真1枚目は『佐保女学院』でのお写真。みささんは向かって一番左。
2枚目の写真は、猿沢の池の前ですが・・・入っちゃったんですね・・・鹿が。
中央でみささんも笑っていらっしゃいます。
鹿男あをによし・・・喋りますかね?この鹿も?

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みささんのアルバム2

これ、何が書いてあるかお解かりですか?(済みません、汚い文字で・・・汗)
答えは「すたじおくう うにさとひよさ」。読めた方はすばらしい!
アラビア語でも、タイ語でも、スワヒリ語でも、梵字でもありません。立派な日本の仮名文字です。「変体仮名」というのをご存知ですか?(変態ではありません!!)「大和仮名」の名前で聞き覚えのある方もいらっしゃるかもしれませんね。漢字ではありません、仮名文字です。
ところで皆さんは、花札の短冊に書いてある文字。あれを何と読まれているでしょう?「あのよろし」ではないですか?私もそうでした(苦笑)
実は、あれば「あかよろし」と読むのが正解です。「の」に見える文字が変体仮名です。
花札には詳しくない・・・では、うなぎ屋さんの看板で「うふぎ」と見える看板を見たことはないですか?あの「ふ」に見える文字!あれが変体仮名です。
書道をされている方や、年の多いお婆様やお爺様をお持ちの方は、ご存知の方も多いかもしれませんが、使いこなせる方は、かなり少ないのではないでしょうか?私の経験から言うと、祖母(明治42年生)の代は、この変体仮名を使って読み書き出来ますが、母の代(昭和11年生)になると、かろうじて読むことは出来るが、書くことは出来ない。私に至っては、祖母が使っていたせいで、ところどころ想像がつく・・・といった程度です。
以下にWikipediaからの抜粋を載せます。
『明治維新後、1900年の小学校令において同じ音韻にいくつもの文字があった平仮名の整理が行われ、現在のような一音につき一文字を基本とする五十音図が出来上がったが、ここに採用されなかった数多くの平仮名がその後、変体仮名と呼ばれるようになった。戦前までは日記、書簡など日常の筆記で変体仮名はしばしば使用されていた。』
さて、どうしてこんなことをお話するかと申しますと・・・。
前述のみささんのアルバムです。
このアルバムの中に残っているお友達からの寄書き、読んでみたくはないですか?大正や昭和の始めの頃の、お嬢さんのノスタルジックな文章・・・私は読みたいです。(私がか・・・)

(前列向かって右から2番目がみささんです)
ところが、この寄書き、全ての文字ではないのですが、変体仮名が多用されており、その上、皆さん達筆でいらっしゃるので、暗号のようで一朝一夕には読めないのです。
うにさは、早々にリタイアしてしまったのですが、粘り腰の私は、現在暗号解読中。
長く眺めていると、急にキランと読めるようになったりしながら、結構いいところまで来ているのですが、まだいくつか解読できない文字があり、ジリジリしています。そろそろ年長者に頼らないと駄目かも・・・う〜む。
解読の暁には、昔のお嬢さんの写真とともに、こちらで紹介したいと思っています。

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みささんのアルバム1

みささんの梅の羽織が出たところで、たまには、みささんご本人に登場して頂きましょう。
なかなかにお美しい!
そして、これが私が拝借した梅の羽織をお召しになっているところです。

1枚目の写真より若い頃のお写真なので、まだ少女らしく少しぽっちゃりされていますね。
みささんは、女学校を卒業された後、現在の『奈良佐保短期大学』の前身である『佐保女学院』に1年間通われていました。現在は共学の大学のようですが、当時は良家のお嬢様が、女学校を卒業後にお裁縫などを学ぶ、全寮制の花嫁修業をする学校だったようです。みささんのアルバムは何冊かあるのですが、その中の1冊は、その佐保女学院時代のものです。まるで卒業アルバムの様に、全員で撮影された写真や、お友達ひとりひとりの写真が貼られています。アルバムの表紙の裏には、お友達からの寄書きがたくさん書いてあります。

そして、この寄書きが、現在私の頭を悩ませているのです。

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ふたりでキモノ5

新年会の装いを紹介したついでに・・・普段は見せない長襦袢もご紹介。この長襦袢は2枚とも、みささん(うにさのお婆様)の長襦袢です。


いつもは私も長襦袢まではお借りしないのですが、今回のおキモノは予想以上に袖が長く、自前のものでは対応出来なかったので、キモノと共に誂えてあったモスリンの長襦袢を拝借しました。(写真右)
うにさが着ているのは、ぽってりと重みのある正絹の長襦袢です。(写真左)
いつも思うのですが、長襦袢のかわいいものは、外で見せて歩けないのが、何だか惜しいような気がします。
一度くらい、長襦袢で外を走ってみたいものですが、頭がおかしくなったと思われること請け合いなので、親兄弟に迷惑が掛からなくなってから考えてみることにします。苦笑

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ふたりでキモノ3

対する私。
正統派白衿好きの方からは、ブーイングが出てしまいそうなこしらえですが、たまには許して下さい。え??袖が長すぎる?それもお許しを。カジュアルなパーティーですし、新年会ですし、何十年も誰にも着られないでいた、みささんのキモノですし、たまにはにぎやかなのもいいじゃないですか!(言い訳・・・)


たくさんの刺繍が施してある、贅沢なキモノです。



肩には鳳凰も飛んでいます。


しかし、何十年も誰も袖を通していなかっただけのことはあって、着付ける時に、プチプチと不穏な音が・・・。胴裏に使われている紅絹が若干弱っているのと、縫い糸が弱っている模様。出掛けた先で、バラバラに解体か??家を出る前にひとしきり体を動かして確認しましたが、内心ずっと不安でした(汗)。解体せずに無事帰宅出来て本当によかった・・・。
このキモノに次に袖を通すのは、うにさの姪っ子ハルちゃんかもしれません(ただ今小学3年生)。ハルちゃんが着れば4世代生き抜いたキモノになります。う〜ん、キモノはすごいなぁ。
そして帯は・・・お解かりですか?

はい、カクマさんに直して頂いた帯を早速お披露目です!華やかな帯ですが、地色が少し枯れたような色なのでケバケバしくなく、みささんのキモノにもぴったりです。あんなにボロボロだったのが嘘のようですね。あらためてカクマさんに感謝です!



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ふたりでキモノ2

まずは、うにさ!ジャジャ〜ン。
うにさのメインは、実は羽織です。

みささんの、大胆な御所車の絵羽織です。きれいでしょう。ピンクの中にあるターコイズブルーが目に眩しいこと。残念ながら、ところどころ刺繍が取れているところもありますが、こういう昔の意匠は溜息が出ますね。
羽織を目立たせるように、キモノはシックな色無地。地紋に雲紋と流水紋が入っています。帯は亀甲のきりばめ文様の名古屋。これはどちらもともこさん(うにさのお母様)のものです。


半襟はふんわりかわいい刺繍の衿で。

うん、馬子にも衣装だ!
しかし、便利な体型だなぁ・・・。うにさの体は小さくて本当に古着向き。お直しいらずの手間いらず。なんて贅沢な体型!!うらやましいぞ!
珍しく、ちょっとはしゃいで、走ってみたりなんかもします。


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